凍苑迷宮図
         〜789女子高生シリーズ
 


      



大方はお嬢さんたちの読み通りでもあり、
向こうの商社の側の、
三木コンツェルンとの合理化を伴う提携とやら、
是が非でも中止させるか失敗に追い込みたかったらしい一派による、
すこぶるつきに乱暴な襲撃事件だったのだけれども。

 「…よお。」

ホテルJには、
地下や敷地内のあちこちに駐車スペースが設けられているのだが。
そのうちの、地下に設けられてあった搬入業者用パーキングにて。
どちらかといや薄暗いままの一角、
園芸用の結束バンドという小さくて細っこい代物で、
結構な図体の男衆を4、5人ほど、
後ろ手に縛り上げての人事不省状態にして転がしてらした人物が、
連絡を受けてやって来た佐伯刑事へ片手を挙げて会釈をし、

 「ポンパドールの御曹司が、こんなところで何してるかな。」
 「お言葉だねぇ、
  アジトへの逃走用の車を仕立ててた連中を引っ括ってやったのに。」

切り返されて苦々しいお顔になった佐伯氏へ、
こちらは余裕の笑顔にて肩をすくめたのが、
久蔵お嬢様の護衛をひそかに請け負ってもおいでの
ブライダルチェーン“ポンパドール”の若社長、
丹羽良親さんだったのだけれども。

 「久蔵を攫う計画なんてもの、
  実行に移しかかるところまで焚き付けたのは、
  もしかしてお前か? 良親。」

 「…っ。」

そんなお声が背後からかかったことへは、
声とそれから内容と、双方ともに不意を突かれた彼だったものか。
びくりと表情を止めたままで、顔を上げた反応は、
隠しようのなかった狼狽を示す、正直なそれだったようであり。

 「…勘兵衛様。」

別な搬入口から現れた、スーツ姿の元上司の放った指摘へと、
図星だったからか、それとも生半な言いようでは糊塗出来ぬ相手であるからか、
視線を泳がせたのが当のご本人なら、

 「え?」

一体何の話でしょうかと、初耳な仰せへ瞠目したのが征樹の方だったりし。
彼もまた、女子高生三人娘が紐解いた辺りまでをのみ聞かされていたためで、
だが、

 「今のお前は、少なくともこのコンツェルンがらみの仕事じゃあ、
  久蔵を守るのが最優先される身だろうが。」

そこは征樹も聞いている。
なればこそ、久蔵を庇いこそすれ、
誘拐せよと発破をかけただなんて理解しがたい一言だったのだが、

 「いきなり身近にいかにも怪しい者が現れたなら。
  少なくとも前後の2、3日は、
  状況を解析するにせよ警戒するにせよ、
  大人しく行動を慎むのじゃあないかと踏んだのだろうがの。」

 「あ……。」

普通一般のお嬢様のように警戒するとだけ予測せず、
立ち向かうかも知れぬと読んでもなお、
そのまま突っ走らず、
様々なことを三つのおつむをくっつけての検討してからになろうと踏んで。
それが十分な時間稼ぎになるだろうと構えたらしいこやつであるのだと、
今の今、詳細もて明かされた征樹と違い、

 「まいったな。どうしてそこまで判りました?」

品のいい口元間近、どちらかといや細おもての顎先で
華やかに結ばれた濃色のアスコットタイを、
白い指先で引いてのほどきつつ。
参った参ったとの苦笑をこぼすばかりな彼なのへ、

 「わざとらしくも、タウン誌なんていう鍵をちらつかせさせたことさね。」

くすんという短い吐息とともに小さく笑った勘兵衛、

 「ネットで話題だったからなんて言いようも
  お前がそれらしくシナリオに組んだのだろうが、
  そこが実際とは異なるほつれ目になっていること、
  あの聡い娘らが気づかぬはずがない。」

気づいた時点で、速攻には走るまいと、
多少なりとも警戒し、
彼女らのずば抜けた行動力でもって慎重な下調べをこなすだろうから、
こうまで日の迫っているXデイには間に合うまいと、
ある意味、高を括っていたところが、

 「それがあの行動力ですものね。」

脱法ハーブの方へ目をつけるとはねぇと、
彼にも意外な展開だったのか、印象的な目許を伏せがちにし、

 「確かに彼らの協力者、
  情報提供を買って出てたのが
  そういうのも資金源にしていた組織の連中で。」

ダークサイドの面々だと、
金次第でどんな無茶だって請け負ってくれますしねぇと、
彼自身もそちら方面へと縁が深いからか、微妙なお顔で苦笑をして見せる。

 「少しは時間稼ぎが出来ようと、
  そんな小細工だというのも判りにくいよう、
  上手い手が打てたと思ったんですがね。」

コトを急いでいた相手方の、
もう一か所あったボロへ食いついた彼女らの推察の妙が、
結果的には彼女らを驚くほど速やかに現場まで釣り出してしまったこと、
これでも彼なりに参っていたようで。

 「彼女らが三人がかりで押さえ込んだ方の男ですが、
  もしもあれが勘兵衛様が畳んでしまわれた暴漢のような輩だったなら、
  たとい久蔵さんに“奥の手”があろうと、
  腕力だけでも大怪我を負わされてたところでしょうにね。」

それを思えば、
却って彼女らに関心をあおったことにもなったこたびの小細工は、
反省して余りある結果だったようだけれど。

 「やっぱり彼女、超振動を思い出しているようなのか?」
 「ああ。しかも念を込める加減の調整も会得中らしい。」

良親が口にした“奥の手”へ、
やっぱりと、あの騒動のさなかに目撃した思い当たりを確かめたのが征樹なら、

 「…で。」

勘兵衛としては、
まだまだ言及するべきことをその胸中へ得てもいたようで。
視線は依然として冴えたそれのまま、
なおも言葉を続けての言わく、


  「麻呂殿は一体どこまでを掴んでおられたのかな?」


別段、目の前にいる彼を責めたい警部補ではないのだろう。
というか、非として揚げつらいたいというのではなくの、
隠しごととしたくとも無駄だぞと。
見通しているぞと、こちらから水を差し向けたようなもの。

 「………。」

そういえば前世でも、
双璧として自分を支えてくれていたこの二人は、だが、
そこは別々な人間だからか、気性や言動が微妙に異なっており。
戦線の運営以外では何かと不器用な勘兵衛を補佐したいという念は同じでも、
どちらかといや正攻法を取って地道に頑張ってくれた征樹と少々異なり、
突飛で危なっかしい策を繰り出しては、
鮮やかではあれ自身へ負担を集めることも多かったのが
この良親ではなかったか。
結果としては要領がいいとは言えない、
そんなところが、結局は勘兵衛と似てしまっていてどうするかと、
苦笑が絶えなかったものだったが。

 「…参ったな、そこまでお見通しですか。」

先程の会見の中、
あの少女らへ黙っていたって無駄だろうと観念した勘兵衛と同様に、
今度は良親が瞬時の判断の下、しょうがないなと観念したようで。

 「ほぼ全容ですよ。」

彼があっさり白状してしまったのは、
相手が警視庁の敏腕警部補だったからというよりも、
この勘兵衛自身の手腕をようよう知っていたからに他ならず。
肩書に頼ることなく、なのに不思議と
こういうことへの交渉術だの要領だのへは並外れた才を発揮する男であるからで。

 “頭の固い不器用なお人にしか見えないので、
  抜け目がないのからも油断されてってのもあるんだろうが。”

そういうところもまた、
天性の“人たらし”たる素養かねぇとの苦笑を押し隠しつつ、
問われたことを滔々と紡ぎ始める。

 「あまりに独善的な創業者一族の幹部らによる、今回のこちらとの提携には、
  自分たちだけ生き残れりゃあいいという身勝手の下、
  例えば、権利保護の法規があって
  そうたやすく解雇はできない正規雇用の従業員数を誤魔化してみたり、
  子会社の実績を親会社の帳簿へ大幅に書き換えたり、
  体裁を装うためのあざとい細工の雨あられでしてね。
  その結果、チェーンの内へ途轍もない数を抱えている従業員らから、
  総スカンを食らっていたも同然で。
  ところが、ストライキやデモって抵抗も、
  表沙汰にならないのが不思議なくらいの騒ぎのその末に、
  法的な抜け道を研究し尽くした専任の弁護士らが画策し、
  不当な辞職勧告をされるのがオチとあって、
  冗談抜きの泥沼化。
  そんなこんなで、中には強行武装派集団まで生まれたほどだとか。」

そんなこんなも早々と聞きつけておいでの麻呂様としては、
何ならあっちの政府や労働者の権利関係の当局へ通報して断罪も可能なくらい、
証拠も固めて調べ上げたそのうえで、
こういう形で大々的に表沙汰にした方が、

 「言い逃れも出来ないよう徹底的に追い込んだ方が、
  なんて不始末を抱えてたんだと非難する格好で、
  こちらも何かと優位に立てますし。
  こうまでの騒動の大元へも公けのメスが入ったなら、
  向こうの諸悪の元凶をこそ整理せよと畳み掛けることも出来ますからね。」

つまり、
今回の騒動、未然に防ぐことも可能だったが、
のちの利を数え上げ、敢えて事態を静観したということで。
とはいえ、そんな頭目様の腹積もり、
すっぱり暴露した良親からして、特に狡猾とも思ってはないらしく。
それへと、

 「成程な。」

くつくつと笑った勘兵衛もまた、
さすがはここまでのコンツェルンの創始者よと、
それが褒められる行為かどうかはおいといて、微妙に納得してはいるらしい。

  大人ってや〜ね〜。(こらこら)

 「ま、そういうワケで、
  妙な言い方になりますが、
  不測の事態が起きることが予想されていた集まりでしたので。
  大事なお孫さんの久蔵さんに怪我だけはさせぬよう、
  ここへ出て来ずともいいような理屈を作ってほしいと言われていたのに、
  それが敵わなかった失点がついちまったってワケでして。」

それでもまま大事はなかったからこそ、
こうやって苦笑混じりに語れるのでもあり。
柔軟性や意外性の塊という世代を相手にするのは大変だと、
勘兵衛らとは別な方向から重々思い知った良親殿。
世間からの目が届かぬところで様々に暗躍もしていたろう、
彼のような人物にでさえ、
お手上げと言わせてしまう、何とも末恐ろしいお嬢様がた。
今年も早くもこれほどの実績
(?)を上げておいでで、
先が思いやられますこと。


  「「「あんたが言うかい。」」」


   ありぁりゃあ……vv
(笑)





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